D.Gray-manのクロウリーファンブログです。雑誌の感想などを書いています。(ネタバレは発売日以降)

カテゴリ: Dグレ以外の事  2008/04/19(土)
お前が病気であってそして神に健康を祈るならば、お前にとって健康の方が
神よりも好ましいのである。神は決してお前の神(お前自身)ではないのである。

(マイスター・エックハルト著「エックハルトの説教」より)


何かについて祈ったり、祈っていると口にしたり、
神様について書かれた文を読むたびに上記の言葉を思い出す。
自分は神様に何もしない状態で神様にばかりああしてくれ、こうしてくれと要求するのは
傲慢なのではないかと。
それは祈る側の都合であって、神様には何の得にもならないのに。


私が今生きている人の中で一番尊敬している人間である芝村さんは
神には祈らないと言っていた。


あの人はいつもひたむきだった。


幅広く情報を収集し、想定しうる可能性の全てに備え、
目的を果たす為にはどうすればいいかを考え、行動していた。
偶然に頼るしかない場面でも、その偶然を一ミリでも良い方に
引き寄せる努力を怠らない人だった。
そもそも『偶然に頼るしかない場面』に行き着いてしまうこと事態が
失敗だと考えているような人だった。
そこに至るまでの過程でなんとかしろと。用心し、熟考し、対策し、戦え、と。
そして皆で生き延びよう、と。
彼の作るゲームはいつも、そんな風に厳しくて優しい。

…私も、できればそうしたいと思っている。
他人(神様)に何かを要求する前に、まず自分が動くべきだと。


思いつく限りのできる事をできる範囲でやる。
祈るのは「これ以上は何もできない」ともどかしく思う時だけだ。
祈らないと言い切れる程の強さが私にはまだ無いから。


いつかはあの人のようになりたい。
基本スペックが違い過ぎるからそっくりそのままにはなれないけど
ほんの少しでもあんな風になれたら、と。


「尊敬している」というのは、多分そういう事なのではないかと思う。

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