D.Gray-manのクロウリーファンブログです。雑誌の感想などを書いています。(ネタバレは発売日以降)

カテゴリ: Dグレ世界の謎を考える  2009/09/26(土)
→前記事: やっぱり千年伯爵はアクマなんじゃないかと思う件について

Gothic」のカルラさんに、上記の記事に対して興味深いご質問を頂きました。
普通にメールフォームのレスで返すか単独記事にするかで迷ったのですが
似た疑問を持っている人が多そうに感じたのでこちらに書かせていただきます。

以下、引用枠でくくってあるものはカルラさんの質問文からの引用です。



「やっぱり千年伯爵はアクマなんじゃないかと思う件について」の記事についてなのですが、16巻158夜の最後、伯爵は雨の中、馬車から下りて花売りの少女から一輪買ってあげるシーンがありますよね。
この行為は「人類絶滅を阻む感情」からでたものだと私は思うので、「創造主を裏切ってはならない」というプログラムとぶつかってしまう気がするのです。
でも苦しんでいるような描写は無かったので、その辺りをとらみ様はどう考えていらっしゃるのかな、と気になっていたので質問させて頂きました。

前記事を読み返してみたら確かにそういう疑問が出そうな書き方でした。
すみません、ちょっと追加文を書かせてください。あとあれを書いた2009年8月26日から少し考えが変わった部分もあります。


「千年伯爵が14番目の幻聴に苦しんでいたのは、それが「ノアの神」のプログラムとぶつかるから」というのは今でもそう思っています。
でも、何でぶつかるのかという部分がちょっと違いましたね。

「弱くて脆い人間」はすぐ殺せるし全然脅威じゃないから優しくしたりしてもいいけど
「ノアの神による人類絶滅のプログラムを確実に阻んでいる14番目」に対しては
彼を好いてしまったらプログラムの進行に致命的な障害が出るから
白いものでも黒、というように無理矢理その情を無かった事にしているのかもしれません。


「花売りの少女から花を買う」くらいなら、創造主のプログラムに反しないから大丈夫なんじゃないかと思います。その辺りはアクマでもそこそこ自由度がありそうなんですよね。

ええと例えば、アクマは人間を殺すよう千年伯爵にプログラムされていますが
エリアーデはクロウリーに対して優しかったじゃないですか。
でも、エリアーデは千年伯爵の殺人プログラムから自由になれていたわけでも
千年伯爵を裏切ろうとも思ってなかったんですよね。ただ問題を先送りにし続けただけで。

アクマは、必ずしも人間が憎いから殺すわけではないんです。
多分エリアーデのように人間を好きになったアクマは他にもいたんじゃないかと思いますよ。
お腹がすくから殺す、だけなんです。他にその飢えを満たす方法がないから。

私だってお腹がすいたらものを食べますし、人間はみんなそうですよね。
その「食べ物」は鶏だったり魚だったりという「元生き物」です。
でも私は鶏も魚も好きなんですよ。
鶏が金網に脚を引っ掛けて困っていたら外しに行きますし、魚が波に打ち上げられてバタバタしていたら水の中へ戻しに行きます。
もし遭難してしまった時、お腹がすいて他に食べるものがなく死にそうになったら殺して食べてしまうかもしれませんが、そうでないなら普通に仲良くやっていきたいんです。

ここで言う鶏や魚を大嫌いだったり虫以下に思う人間もいるかもしれません。
アクマの人間に対する感覚は、そういう風に様々なのではありませんかね。


付け加えると、前記事で最終進化アクマ…のようなものかとと書いたのは
伯爵はもう人間を殺さなくても飢えないでいられるっぽいから、というのもあったりします。

「飢える→人間を殺す→レベルアップ」で、レベルアップこそが目的なら
逆に言うと、もうレベルアップする必要が無くなれば飢えなくてもいいんですよね。



それともう一つ、とらみ様は「千年伯爵はアクマのような存在 ※第2人類のアクマとは違う。七千年前の「神」に造られたモノという意味で」と書かれていましたが、伯爵が造ったアクマが“AKUMA”なら、神が造ったアクマを星野先生は“悪魔”と表記するんじゃないかな~?とか思ったりしています。すみませんただなんとなくです。

どうなんでしょう…。「悪魔」表記って結構あちこちにあるんですよね。
「アイツは我輩達を倒すためなら何だってする悪魔なんですからネv」(9巻78夜/伯爵)
「助けるんならアンタは敵だ 奴らと同じ悪魔だ!!」(13巻123夜/チャオジー)
「人間が悪魔に勝つには代償も必要だわ」(185夜/レニー) など。

多分、D.Gray-manにおける漢字表記での”悪魔”は名詞としての悪魔ではなくて
「なんかすごい酷くて邪魔で嫌な敵=悪魔」ではないかなと考えています。


トラックバック

%url