D.Gray-manのクロウリーファンブログです。雑誌の感想などを書いています。(ネタバレは発売日以降)

カテゴリ: 雑記  2009/06/21(日)
よく物語の比喩で「闇の中にいた」とか「光溢れる世界」とか、そういうものを見るけど
その「光」とは何の事なのか。

これは多分人によって違うのだと思う。
そして、私にとっての「光」は「情報」や「知識」だ。

真っ暗で何も見えない道を歩くのは怖い。
それは何故かと言うと、そこに何があるのかが分からないから。
ガラスの破片が落ちているかもしれないし崖になっているかもしれない。猛獣がいるかもしれないし底なし沼があるかもしれない。

でも光があれば、その道が見える。
たとえガラスの破片が落ちていても、その破片が見えればちゃんと避けられるし
崖も沼も回避できる。そしてその崖や沼を利用して猛獣から逃げる事だってできる。

「見える」。つまり、その状況に対する正確な情報を数多く知っていれば
数多の困難も乗り越えて行けるし、自分がどの方向へ進むべきなのか、今何をすべきなのかも分かる。


でも、今まで闇の中にいた人が突然太陽の下に出たら眩しすぎて目が眩んでしまう。
情報量が多すぎて受け止め切れずに決壊する。キャパシティ不足。
これはもう仕方がない。そんなのは誰だってそうだろう。特別に頭がいい人以外はみんなそうだ。

だから、そういう時はまず小さなランプを与えてから
少しずつ少しずつ灯りを増やして目を慣れさせていくのがいいだろう。
いつかは灯りを手放して駆けて行けるようになる。進むべき道を自分の足で。

そしてその「灯り」が私にとっての「本」だ。
知りたい事があれば本を読む。本は私にその道を教えてくれる。
電化製品の取扱説明書や利用規約。XPのテクニックブックや設定資料集。体験談本。
間違いや分かり難い文章だってあるけど、一つの本(灯り)にだけ頼るのではなくて
色々な視点から書かれている本を数多く読めば、あちこちから光を当てた時のようにその物の本当の形がだんだん見えてくる。

もちろん「情報」は本だけじゃない。ある程度目が光に慣れてくればそれ以外の光源だって理解できるようになってくる。



そしてクロウリーの事。

28年間城に居て、外の世界に出られなかったクロウリーは
情報的にも闇の中に居たのだと思う。
本はあったけど、それは御祖父様の本でクロウリーの物は何も無かったわけだから
高度な魔術本や悪趣味なコレクションの本ばかりで、クロウリーにとって灯りになるような本は買ってもらえなかったのだろうし。

だから、その分余計に外の世界の物が新鮮で綺麗に見えるかもしれない。
それはクロウリーがずっとずっと見たかったものだから。

でも、クロウリーはまだ知識や経験が足りなくて
騙されたり勘違いしたり余計な事を言って殴られたりと
「薄暗い道で先が見えずに崖や沼に落ちたり」というような事も多いかと思うので
その辺は元旅芸人のアレンとブックマン見習いのラビが色々教えてあげてくれたらいいな、と!!
社会経験のレベルは二人ともめちゃめちゃ高いだろうし!!色々苦労してる分余計に!!


つまり、情報を光と定義する私にとって
アレンとラビは、クロウリーにとっての灯り(光)に等しいものだと思うわけで。
まあそれが書きたかっただけなんですごめんなさい。

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