D.Gray-manのクロウリーファンブログです。雑誌の感想などを書いています。(ネタバレは発売日以降)

カテゴリ: 雑記  2008/12/25(木)
Dグレに限らないのだけども。
 

こう、「子供」の方はその大人一人の事がすごくすごく大好きで
世界に一人のかけがえのない大事な人、と特別に思っているのに
「大人」の方は、仕事でそれどころじゃなかったり既に相愛の恋人がいたり
その子供含めた他の子供達のことも同じくらい大事で、
その子だけ特に贔屓する気はなかったり。

そういう、少し寂しいような切ないような
好意的な関係なのだけど、思いの質が全然違っていて
あと一歩届かない感じが好きです。


院長先生が大好きで、彼女の為なら何だってするくらい思い詰めているのに
院長先生は孤児院の子供達みんなの事が同じくらい好きだろうティモシーとか

プロフィールの「好きなもの」に「ルベリエ」と堂々と書いてしまったり
仕事第一人間なのに、ルベリエが中央庁に行くと知って
心配で心配でつい同行を願ってしまうんだけど
「あなたはここで任務を続けなさい」と、振り向きもせずに一蹴されるリンクとか。


多分、私自身が「思い」が重すぎて相手を潰してしまいかねないタイプだから
その辺を上手に扱ってくれる「大人」に憧れているのではないかな、と。
私に好かれた程度で潰れてしまうくらい弱い人なら
最初から全力で好きになるつもりはないですし。
例え好きでも、それを完全に隠し通せれば、その思いは無いも同然ですから。


「この人は私が好きになっても大丈夫なだけの強さがある人だろうか」という事は、
どんなジャンルでもどこの世界でも、いつも考えています。


――――――

そしてクロウリーの事。

星野先生としては
『クロウリーは、「アレン」と「ラビ」がほぼ完全に同じくらい好きで
どちらかを贔屓する気は無い』という設定で描いているのではないかと思う。

特にゾンビ編ラスト164夜。あそこのアレンとラビに駆け寄った所。
髪が長いだけのアレンならともかく
あからさまに小さいラビに対して、彼をラビだと思い込むのはちょっと無理がある。
(髪が赤い子供はみんなラビに見えるくらい一杯一杯だったのかもしれないけど)
それでもあのシーンで「アレン」だけじゃなくて「アレンとラビ」に駆け寄った、のは
そういう意図だったのではないかと。

12巻108夜の、クロウリーの二人に対するイメージ
「一緒に行こうクロウリー」も完全同列に見えたし。

その言葉を直接言ったのがアレンだったとしても、あのイメージは
「アレン」じゃなくて「アレンとラビ」でなくてはいけなかったのだろう。

クロウリーにとって、世界で唯一の特別な人はどこまで行ってもエリアーデ一人で
もしあの辺りを「アレンとラビ」にせずに「アレン」一人にすると、
まるでエリアーデよりアレンの方を選んだように見えてしまうから。
「同列に思っている二人」なら、「仲間達」という認識で読む事ができる。


――――――


アレンにとっての「クロウリー」は「初めて出会った寄生型の仲間」で、
嫌でもアクマを求めて体が疼いてしまう気持ちとか
そういう理屈では説明できない感覚を共有できる唯一の人間で、
イカサマにコロリと引っかかる無垢さがちょっと心配だったりとか色々あるだろうけど
クロウリーにとっては、「アレンとラビ」が「初めて出会ったエクソシストの仲間」で、
アレンが夜、目が疼いて困ったりしている事は知らないだろうし
アレンもラビも色々知っていてすごいである!くらいにしか思ってなくて
特にアレンだからこうだとか、ラビだからこうだという「特別視」はあまりないと思う。
性格の違いによる区別はあっても、「贔屓」にまでは行かないレベル。

それは、アレンとラビが、自分の大変な事をクロウリーに話さないから。

話してもらえなければ知りようがない。
だから、クロウリーは「アレン・ウォーカー」という人間と「ラビ」という人間を
どちらかだけ特別に重く思う事はできないのではないかと思う。
おそらくこれから先も。


――――――


でもそういうのはやはり「蚊帳の外」という感じがして寂しい…。


ラビはブックマンの事を、アレンはマナや体質の事なんかを
もっと色々クロウリーに話して欲しいなぁと思う。
まあ彼ら二人の性格からして無理かな、とも思うけども
クロウリーに「アレンとラビ」じゃなくて「アレン」「ラビ」の事を知って欲しい。



でも分け隔てなく「生意気なガキ共ばかりよ!!」なクロウリーが大好きです。
どうしようこの矛盾。

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